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夢はBajaから日高へ

  • 2007-09-23 (日)

自宅の裏山でXTを乗り回す日々が1年くらい経った頃、一冊の本と出合いました。
内田正洋さんの「Baja1000」です。

当然、夢は一気にBaja出場へ。内田さんたちが出場した模様が収録されたビデオも擦り切れるほど観ました。単純な僕は、日本でも同じバイクで練習したほうがいいと思い、XR-600を買いガレ場で有名だった池ノ平を走るようになりました。20才くらいだったかなぁ。その後そのシリーズ戦に出場するようになったのですが、やはり600では上位には絡めず、あっさりXR-250を購入。しかし半年でフレームが折れたところで次のバイクを物色中に「オープンエリア」の扉を開けたのです。
1994年、当時の「オープンエリア」は今とは違いとてもアメリカンなバイク屋でした。中嶋オヤジも長髪できっと自分はアメリカ人だと思っていたに違いありません。「オープンエリア」は当時スズキの販売店だったのでRMXを買おうかなぁと思っていると「来週KTMの試乗会があるから来ない?」と誘われました。「KTMってなんじゃ?」と思いましたが誘われるままその試乗会へ。2stの300と4stの400がありました。乗った瞬間の衝撃は今でも鮮明に覚えています。「コレ買ったぁ!」その時の動画。オレ若い。。
http://www.motocluboa.com/isdehistory1997/isde_history1997.html
結局Bajaへの夢は果たすことなく、ヨーロッパのEnduroへ向けて僕のKTM人生は動き出しました。
その頃から当時のKTM輸入元「トシ・ニシヤマ」の西山さんに、オンタイムレースの素晴らしさをよく聞いていたので、夢は「日高2Days」へ。地元のレースでも表彰台へ登ることが増えてきたので1997年いよいよ「日高」へ挑戦しました。しかし・・・
kos7.jpg
1日目45分タイムオーバー
まったく自分でも予想していない結果に本当に落ち込みました。競技を続ける以前に、見たこともないヤチに、走った事もない山奥でのライディングに、走れるイメージがまったく湧かない沢に、そして寒さに、心が折れ、コテンパンにやっつけられたからです。
「オンタイム、面白ぇじゃねーか。」
完全にスイッチが入った瞬間でした。

小菅 浩司 2007 ISDE TEAM JAPAN ライダー

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